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院長紹介

小学校の頃
今の開業地の学区である東志賀小学校に通っていました。実は生まれた時からずっとこの辺りから離れたことはないのです。今はもう取り壊されてなくなってし まった志賀住宅404号に住んでいました。(今はアーバンラフレ志賀と名前を変え新しいマンションになってます)当時はエレベーターもなかったので子供時 代はずいぶんと脚力が鍛えられました。

母の話では「ただいまー」といってランドセルを玄関に脱ぎ捨てて、母が声をかける間もなく遊びに出かけ、日が暮れるまでは決して戻ってこなかったようで す。そんな毎日がずっと続くと疑わなかった私ですが、小学校5年の時、急に父が「お前は東海中学(地元では進学校)に行くんだから勉強しろ!」と言い出し ました。当時、父の仕事の関係上、生活する時間帯が違うためほとんど父との思い出はありませんでしたが、ただ唯一、「父は怖い人」という記憶だけはありま した。その怖い父からの命令でしたので絶対服従しか道はありませんでした。それから始まる苦難の2年!

あとから聞いた話ですが小学校の担任の先生にも家庭教師の先生にも絶対に無理と言われていたそうですが、父は断固として受験先を変えませんでした。そしてどうにか希望の?東海へ入ることができました。
中学生の頃
しかし、ラッキーでというかすれすれでというか、何とか入った東海中学。入ったら6年間は小学校のように遊んで暮らせると信じて頑張った私でしたが、なぜ か月曜から土曜日まで塾と家庭教師漬けの毎日!新たな地獄が始まりました!!「話が違う〜」と言ってみても後の祭り。しかしこれだけ勉強漬けの毎日を送っ ても成績はいっこうに伸びず、いつも後ろから2〜3番目。こうなると付き合う友達もそういう仲間ばかりになっていきました。

そうこうしているうちに第2の転機が中学2年生の時にやってきました。再び父が言いました「武藤、お前は医者か歯医者になれ!それが嫌なら中学やめて明日 からバーテンダーとして住み込みで働け!!」今、考えれば、中学は義務教育なのでいくら父の言うことが絶対でもそんなことはありえないのですが、当時の私 は父の命令=絶対服従だったので、歯医者の道を選びました。

それからというもの動機はどうあれ何かにとりつかれたように自分から主体的に勉強を始めました。そして1年後、東海中学始まって以来の約300人抜きとい う快挙で生まれて初めて進歩賞という賞をもらいました。その時子供ながらに努力は報われるものだ。自分が変われば自然と周りの環境も変わるということを実 感しました。やらされていてはだめだ。自分の意志で「やる」と態度を決めてやり続けることの大切さを学び、成功体験をすることができました。
高校生の頃
しかしやはり子供です。すっかりいい気になった私は高校1年間ほとんど努力することなく過ごしていました。当然の結果として成績は下がりB群という成績の 悪いグループに入ってしまいました。父からのお叱りと周りからの嘲笑で再び奮起した私は3年生にはめでたくA群に入り、母校である愛知学院に入学しまし た。
大学生の頃
大学時代は1にも2にもアーチェリー一筋で、6年間明け暮れました。私はアーチェリーを通じ、集中力と最後まであきらめない粘り強さという精神力を身につ けることができました。4年生の時はキャプテンをさせてもらい、後輩の指導をしたり、1つの目標に向かってみんなをまとめることを通じ、人を育てる喜び と、みんなで協力して結果を出す楽しさを学びました。それが勤務医の育成とか分院展開に非常に役立っていると思います。アーチェリーに出会うきっかけを 作ってくれた橋本先生と6年間続け、いろんな体験ができたことに感謝しております。
卒業してから
通常、大学を卒業すると1つの道は開業医に勤務、もう1つの道は大学に残って研究し学位をとって医局に残り学者になる道です。実は小学校の頃から天文学者 になることが夢でした。ですから私は大学院に行きたかったのです。が、またまた父の一言で父の知り合いのすごくはやっている開業医に3年契約で勤務するこ ととなりました。ここでは患者様とのコミュニケーションを積極的にとっており非常に参考となりました。また当時は分院もありましたのでその経営の難しさも 勉強になりました。事情があって後輩が先に退職することもあり1年延長して勤務をし、1988年、現在の場所で大野歯科医院を開業しました。

清水なのにどうして大野歯科なの?って、よく聞かれるのですが、私の実家も開業地も同じ町内で大野町なので、子供の頃から慣れ親しんだこの大野町に愛着が あったからなのです。はやっていた歯科医院に勤務していたせいもあり開業後も順調に患者様も増えうれしかったのですが、自分の目指す診療が一人ではできな くなるほど忙しくなってきました。それと同時に開業して歯科というものの奥深さを知り自分の未熟さを知り、それを克服するべく休みの日はすべてセミナーに 行くか、読書に費やしていました。当時、新婚ほやほやだったのですが、そんな私に一言も文句も言わず支えてくれた妻に感謝しています。勉強すればするほど 自分の目指す診療レベルが上がり毎日の診療との乖離が大きくなるばかりで本当に悩みました。そこで、アーチェリー部の後輩に勤務医としてきてもらいまし た。一時的には一人で診療する以上にたいへんでしたが、勤務医の先生の成長を肌で感じ、それが喜びになり、少しづつ精神的にも落ち着いてきました。

この頃になると大野歯科はとにかく勉強させてくれるという評判が学生の中で広まり、就職希望の先生がコンスタントに集まるようになりました。私は開業して から何もできないことで非常にたいへんな思いをしましたから、うちを希望する先生にはそんな思いをさせたくないので、診療が終わってから勤務医の先生と実 習をしたり、毎週土曜日の診療後に勉強会を開いたり、色々なセミナーに院で費用負担して、勉強してきてもらったりして、とにかく勤務医を育成することに情 熱を注ぎました。今の分院長は卒業してすぐ大野歯科に就職し一から教えた先生が殆どなので、私は安心して任せています。
これから
そして今年、息子が私の母校、愛知学院に入学したことを機に、ISO9001を取得し、システム化を進め、今の大野歯科の隣にCT、オペ室を備えたインプ ラント・コスメティックセンターを開設。併せてケアマネジャー資格を取得したので訪問診療・口腔ケアにも力を入れ、私の(医療法人応世会の)診療理念であ る、

 ・生涯を通じての患者様とのお付き合い
 ・自分が心から受けたい治療を安心・安全・清潔・快適な環境下で患者様に提供
 ・従業員満足が患者様満足の大前提という考えから従業員にも患者様にも満足してもらえる歯科医院作り
 ・現状に満足することなくISO9001に則りPDCAサイクルを回し続け常に改善し続ける歯科医院作り


上記をより 高いレベルで実践していくことが私の目標であり楽しみです。
50歳を過ぎて
50歳を過ぎて、思う事は、10年前のそれとは大きく変わり、人生設計も大きく変わりました。まず、人生の目的・・・私の中での幸せの定義も変わったから かもしれませんが・・・。それは、仕事を磨き砂として、魂を磨く事・・・それが現在の私の人生の目的です。だから、10年前に憧れ、計画していた事・・・ アーリーリタイア・・・今は全く憧れを感じていません。今は、どんな形にせよ生涯をかけて魂を磨き続けていくことに意義を感じています。20年前ころか ら、俗に言う色々な成功哲学を学び、それを盲信し、自分なりに実践し、潜在意識を活用して、ある程度実績を積んできたつもりです。そして、その先にあるも の・・・多分手にした瞬間に輝きを失ってしまいそうな成功・・・もちろんまだ手にした訳ではありませんが、幸いな事に、それは、間違った成功であると気付 く事ができました。また仕事観も大きく変わったと思います。
以前は、一に、才能、能力 二に、努力、熱心さ という感じでしたが、いまは、一に、 正しい心、正直さ、素直さ 二に、努力、情熱 そして最後に才能、経験と信じています。そしてその掛け算でその人の価値というか、評価というかそんな感じ のものではないかと思っています。なぜ、そう思うようになったかというと、ホリエモンや村上ファンドの村上氏、新興宗教っぽい詐欺で、つかまった人を見て いると、一番大切な正しい心がマイナスなので、なまじ才能がありすごく努力をするものだから、その積がすごく大きなマイナスの数値になってしまうと私は考 えています。私は、仕事をすることで、直接的に人の幸せ、人助けに貢献できるすばらしい職業に就けたことに感謝をし、就かせてくれた両親に感謝していま す。国家資格を使っていない時は、大して役に立たないただのオヤジの私でも、白衣一つで、歯科医師として、診療できるこの仕事に感謝しています。

会社務めの人は希望する、しないに関わらず、定年制度に縛られて、基本的にはある年齢になるといっせいに退職して、その後の余生を送ることになる。実際、 定年後のリアルを色々と興味を持って視てみると、たいていの人は退職金と年金を基に生活設計を立てることになる。よほどたくさんなければ、お金の心配が付 きまとう事になる。また、毎日、何をして過ごすかの目標がなければ、喫茶店で時間をつぶしたり、図書館で読書を楽しんだり、公園でのんびり過ごしたりする ぐらいしか思いつかない。果たして、目的なくして私は読書するだろうか?特に友人が多いわけでもなく、人付き合いマメなほうでもない私が、人生の大部分を 占めている仕事が無くなってしまったら、しばらくは、毎日のんびりと過ごして、リラックスできるかもしれないけれど、きっと、それにも飽きるか、疑問を持 つようになり、「仕事をやめなければよかった」と後悔する事、間違いなし!という結論に達しました。なので、毎日、朝目覚めて、「ああ、今日も目が覚め た、体の不調もない」ことに感謝し、「診療できる事」に感謝し、「診療を通して、魂を磨き、徳を積める事」に感謝し、「食事がいただける事」、「一日無事 に過ごせた事」「健康である事」などなど感謝して、一日一日を過ごし、昨日よりも今日、今日よりも明日とほんの少しでも私の魂がきれいになる事を楽しみ に、毎日を過ごせたら、後悔のない人生が過ごせそうな気がしています。私は、小学校の頃に好きな授業は、「体育」と「道徳」でした。この二つは、体と心を 動かす科目で、頭を動かすか科目はあまり好きではありませんでした。中学〜高校の6年間は、法然上人を敬い、お弁当を食べるときは、感謝の言葉を合唱し、 建中寺や知恩院に、そして、大学に入ってからの6年間は親鸞聖人&永平寺という具合に、多分、一般の方よりも仏教に自然と親しんできた事も今の私の考え方 は影響を受けていることも関係があるのかもしれません・・・・私としては、宗教にかぶれているとは思っていませんし、他の人に強要する考え方とも考えてお りませんが・・・。

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